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大村さん、梶田さんノーベル賞授与に学ぶ~科学は血の川のほとりに咲いた花園 寺田寅彦~

ノーベル賞授与式2015

ノーベル賞の授賞式が、スウェーデンの首都ストックホルムで行われました。寄生虫が引き起こす熱帯感染症の特効薬開発に貢献した大村智・北里大特別栄誉教授に医学・生理学賞が、素粒子ニュートリノに質量があることを突き止めた東京大宇宙線研究所長の梶田隆章教授に物理学賞がそれぞれ授与されました。

ノーベル賞は、女房がいちばん喜んでくれたことでしょう。まあ、彼女の支えがなければ、ノーベル賞をもらうこともなかったでしょうし、この恩はひとときも忘れたことはありません

そう語るのは、大村さんです。

あるとき、なぜ私と結婚したのか聞いたことがありました。文子は「それは救済事業よ」と笑っていましたね。
栄養の偏りと疲労からやせ細っていた私を見て「この人を救ってあげなくては」と思ったのでしょう


大村さんと文子さんの新婚生活は困難ばかりだったそうです。

安月給なのに、私は、段ボールいっぱいの本を買い込んだり、高額な実験器具を購入したりしていたため、生活はいつもきゅうきゅう。妻は実家の親のスネをかじって賄っていました。

ノーベル賞受賞の時期になると、華々しい業績がクローズアップされることが多いですが、やっぱり苦労や努力がその大きな下支えになっていることを感じさせてくれるコメントです。
また、ここまで「探究の虜」になる気持ち、うらやましい思いがします。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


けがを怖れる人は大工にはなれない。
失敗をこわがる人は科学者にはなれない。
科学もやはり頭の悪い「命知らず」の死骸の山の上に築かれた殿堂であり、
血の川のほとりに咲いた花園である。


これは、物理学者の寺田寅彦の言葉。
キュリー夫人のノート

ノーベル賞つながりで言えば、キュリー夫人も「命知らず」の探究の虜となった一人でしょう。

ポロニウムとラジウムの発見で知られるキュリー夫人の残した研究資料は、100年以上経った現在でも放射線を出し続けているため、安易に手にすることはできない状態になっています。キュリー夫人は1903年と1911年にノーベル賞を合計2度受賞しています。しかし、夫妻は放射性物質の危険性については理解しておらず、自宅の研究室にはトリウムやウランなどが裸のままで置かれていたそうです。

それだけに、夫人の浴びた放射線は一般人の6億倍。
夫人の残した実験ノートは、没後も放射線を発する危険物として扱われているそうです。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

今日本は理科離れが問題視されています。研究者・技術者が育たなくなった結果、ものづくりやイノベーションの基盤が危うくなるといった問題も指摘されています。


全国学力・学習状況調査2015 理科の勉強は将来役に立つと思う 中3 55% 小6 75%



科学者の命知らずの「探究への道」、その小さな一歩は学校での理科授業による部分は大きいに違いないでしょう。

はたして、未来の大村さん、梶田さん、そしてキュリー夫人のような命知らずの魂を、僕の理科授業は生み出していたのだろうか。考えれば、考えるほどうなだれるばかりです。
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プロフィール

山形昇平

Author:山形昇平
北海道教育大学附属札幌小学校にて11年間教員として勤務、その後北海道コンサドーレ札幌への出向を経て、現在は札幌市内教員です。学級便り・学校便りの発信、育児・子育てへの提案、運動・遊びのアイデア発信をしています。お子さんの成長の一助となれば幸いです。

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